サブプール

サブプール

水泳の競技場は50mの公式プールの他に25mのサブプール室内プールも開放されていて
レース前のアップやレース後のクールダウンの為に自由に使う事が出来ます。

レースを控えた静かな気迫を滲ませた人もいれば
決勝レースや次の大会へ残れなかったあっさりサバサバした顔の人。
色々です。
みんな個人個人の思いをここで調整していきます。
自分でどうにかするしかないじゃないか。
水泳は番狂わせが殆どない競技です。
自分の実力は自分も周りも知っていて、だから負けても慰めあったりしません。
私は水泳のさっぱりした感覚があっていました。
レース後のダウンの雰囲気が本当に好きでした。
大会を考えるといつもこの空気を思い出します。

高校最後の夏、その年だけサブプールとして高飛び込みのプールが開放されました。
飛び込み競技が無かったのか、どうして開放されたのかは解りません。
こんなことは一度だけで滅多にないことなのです。
水深が5mあるこのプールは普段開放されておらずいわば憧れの場所、やはり大人気でコミコミになりました。
遊びとしては楽しいけれど短いし、コースロープはないしで本当は競泳向きのプールじゃあないのです。
だから入って遊びたい気持ちをぐっと押さえて
「リレーが終わったら遊ぼう」
と5mプールを横目で眺めていました。

私はクロールの短距離なのでリレーにも出ていました。
リレーの決勝は一番最後なので、リレーに出ない人はさっさと着替えたり応援や片付けに入っています。
にぎやかなスタンド席とは反対にプールはガランとなるのです。
私は1番手かアンカーが多かったのですが、この泳者は表彰式に出ないとならなかったりして面倒なのです。
よく表彰式をバックレていました。
その日も隠れて人気のない5mプールで遊ぼうと思いました。
緊張感を一日保つのに本当に疲れたのです。
水は深い水深の為暗く、重く感じられました。
中央まで泳いで、まっすぐ底まで潜って見ようと思いました。底までいって蹴って戻る早さが愉快なのです。

プールの底に好きな男の子が潜っていました。見知った長い手足の。
そう、同じ種目の私達はよくサブプールのダウンで一緒になったし、
彼も表彰式をいつも出ないで済ましていたから。
ただ私は彼をとても好きだったので、二人きりにならないように気をつけていました。
彼が私に気が付き気さくに腕を伸ばしました。
手のひらが白く見えました。
胸の痛みに気がつくより早く私は彼を求め、水圧に抗い白い掌だけを目指しました。
私達は堅く手を握りそれから同時にプールの底を蹴りました。

一度だけ、一度だけの一言もない思い出でしたが私はその一瞬を忘れないだろうと思うのです。
その時ですらそれがこの恋の成就であると感じていたし
その後もこんな激しい幸福は無かったのでした。
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by donburakon | 2015-03-17 21:54 | 削除できなかったもの | Comments(0)